
2009年12月29日(火) 「Dynamite!!」
皆さんこんにちは。
日記ご無沙汰です。
気がつけばもう年末も大詰め。今年もいよいよ終わりだ。俺は来年から厄年に入り、今年は前厄…。今年はまだ終わってないけど、いい事や悪い事、これとなく過ごしたかな。
さぁ、俺の今年最後の仕事は、大晦日に行われる「Dynamite!!」で石井VS吉田戦の解説を務めるんだけど、2人に数多く共通してるって事で依頼が来て、2人の戦いを俺が何らかの形で盛り上げられるならって事で引き受けたんだけど、ここにきて徐々に盛り上がってきたね。チケットも売れ行きがよく、ほとんど完売状態って関係者から聞いている。リングサイドも10万円席が完売とかで、不況何処吹く風って、このご時世まだまだ格闘技業界は捨てたもんじゃないよね。
ここでは魔裟斗引退試合はおいておいて、久々に業界越えての日本人同士屈指の注目カードだね。
05年の俺と吉田以来となるけど、世間的にみても世間に鳴り響く名前同士とあって、わくわくo(^-^)oするよ。
吉田は大学時代の俺が3年の時の2つ下の後輩。学部も一緒の経営学部。寮の生活でも寝食を共にした仲だけに性格も何となくって言うかよくわかるな。彼が1年の時は飲みに行ってた間柄だったけど、いつの間にかいい意味でライバル関係になってしまったが、大学の一人の後輩としては頼もしい。ただ、今は同じプロの立場として意識され距離が空いてしまった感があるな。まぁ、俺は常に先輩の立場をとっているので意識もしてないがこれも仕方ないのかな。
一方、石井は大学違えど、彼が大学1年生時、自分の大学の練習を終えて、更に自分の柔道向上のため、俺に教わりたく明治大学に出稽古をしに来ていた。
今の子供にない、その熱心さ、たゆまない努力と情熱にひかれて指導をしたのがきっかけで今日に至っている。まぁ、俺の生活を見てて五輪優勝後、直ぐにプロに転向をほのめかした時は微妙な気持ちになってしまったのだが、何はともあれ両者とも共通してよく知る部分は多々ある。
大会前に簡単に分析すると、彼らは階級違えど柔道五輪王者同士。92年バルセロナ王者と08年北京王者となるわけだけど、吉田40歳石井23歳と年齢差から見れば…。ここでは体力的に見て若さの石井に軍配。要は時間が長引く程、石井有利。ただ、石井はデビュー戦と言う事もあり、ファイトスタイル含め未知数。打撃戦では吉田が実戦での数をこなしてる分だけ有利。一発入れば一気に優勢になるだろう。石井がどこまで打撃に対応出来ているかがこの戦いの鍵となるだろう。
また、ここからは俺からの目線で言わせてもらうと、試合は既に始まっていて、試合前の舌戦では、石井がプロの自覚からか新人らしからぬビッグマウスでリード。05年の俺の敵討ちだと、因縁対決を申し出てきたあたり、かなりクレバーな発言してると思った。先日の内藤VS亀田戦を意識しての事であり、あの戦い以上のものをお見せすると言う決意の現れだろう。
こうなると若さとこれからの業界を背負ってくれる期待感を込めて石井の追い風ムードが漂う中、吉田がどこまでこの逆風に立ち向かい逆転出来るかが見所かな。石井自らヒール役を選んだあたりの感覚には、先ずは合格点をつける。
ただ、石井も追い風と逆風は紙一重。発言以上のファイトが出来れば追い風が一気に上昇気流となり、今後の格闘技業界の新しい顔となるだろう。逆に発言と期待感にそぐわない消極的なファイトをすると期待感が高い分だけ価値を落とす事になるから頑張って欲しい。
いずれにしても面白い戦いになりそうだ。プロとして第一歩を踏み始める若さの石井に、酸いも甘いも知り尽くし、俺も含め世代的には肩たたき世代となる吉田。皆さんはどちらに感情移入するのかな?
楽しみ方は十人十色。大いに楽しみましょう!
2009年11月19日(木) 遅くなりました
3日のIGFゲノム10に御来場の皆様! またTV観戦の皆様!
ご覧頂きどうも有難うございました。
それと、ほぼ満員の中、出来た事は有難うって気持ちで一杯です!この時期にしてたくさんのお客さんが来てくれた中で出来た事は選手冥利に付きますね。
だって、興行前日に興行中止を決めた団体もあるくらいだもんね。敢えてどことは言わないけど・・・(笑)、プロレス、格闘技界は今、冬の時代と言っても過言ではないからね。まぁ、プロレスに限らずTV業界しかり、航空業界、自動車業界と各分野でどこも大変な時だけに尚更だよね。プロレスと世間は連動するって言うけどそんな気がするよ。
さて、今回のゲノム10はJCBホールで開催したんだけど、その会場は新設されたばかりで、施設内はとっても綺麗だったね。地下に会場があるからビックリしたのと施設内は最新設備満載!ってホールだったよ。ただ、観戦席の配置がチョット微妙な感じなんだよね。ある意味、やり辛いよな。まぁー、贅沢は言ってられないけどね。今回は高山との戦いだったけど、なかなかかみ合わないから辛いね〜。勝ってもスッキリぜず・・・今後も何回か戦っていかなければならない相手だろう。
奴はフリーで色々な団体を渡ってるから譲れない部分はあるだろうが、俺も同じようにフリーとして渡ってやってるから譲れないよ。ただ、奴と俺の違うところは渡った先で腰を据えないとこだね。俺なんか腰据えてじっくりと団体と一緒に歩くって感じになるけど、・・・ん〜、まぁー、ここが俺と奴の感性の違いだろう。
今後も今んとこIGFでやっていくけど、IGFであと何試合出来るかは微妙だな・・・。この興行のペースでは…って意味だけどね(笑)。まして、戦いを共にした同世代のレスラーが2人も亡くなってるしね。いつも年齢を考えずに生きてるけど、たまに年齢の欄を書く時に俺って幾つだっけ?って考えるのしょっちゅうだよ(笑)。書き込むときはげんなりしちゃうんだけど(笑)。
まぁー、とにかく1日1日、そして1試合1試合、大事に取り組む日々を送っていくよ。
では、次回ゲノムは2月の予定だったね。それまで充電するとするか!
あっ! 不定期日記もまめにね(笑)
2009年9月5日(土) 横浜港サンセットクルーズ…

今日は知人に誘われて横浜港サンセットクルーズに出かけてきました。
ヨコハマベイサイドアリーナから出発して、ベイブリッジの下をくぐり横浜港へ…
右手には赤レンガ倉庫、左手には何と横浜港の記念行事「開港150周年記念」の一環で戦艦の空母?ヘリポート?(名前は忘れた…)が、停泊していたね。記念行事で戦後初めて戦艦が入港したとか…
しかし、真横を通ったけど「でかい!」
戦艦の甲板には折りたたまれたヘリが2機泊まっていたけど、ヘリって折りたたむとあんなに小さく折りたためられるんだ…そう折りたたみ自転車の様な感じかな…ビックリしたよ!
その空母の甲板に立っている海兵隊に手を振ったら、何と敬礼して応えて頂いちゃいました(笑)。恐縮です。
その後、象の鼻公園沿岸までいき、グルッと廻って来て最高だった。昔の港って小さかったんだね。
本当に目と鼻の先って感じだね。ペリーが押し寄せて来た時を想像すると距離的には目の前って感じだったんだね。
今日は、横浜港の新たな一面を見れて大変満足でした。
PS.先日、小型船舶1級の免許を取得したんだけど、とてもじゃないけど運転出来ないよ(笑)
マリーナの停泊場に入れる際って、車を駐車する感覚でやる感じなんだけど、船ってブレーキないからね。風とか潮の流れとか計算しないと…
あと船の値段がね。ぶつけたら大変! いい車の比じゃないから(笑)
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2009年9月4日(金) パニックマン?
ここ数年、小川道場設立してから、少年柔道にせっせと精を出しているんだけど、柔道の練習には出稽古って〜のがあって、今回はその出稽古先での出来事なんだけど、だいたい出稽古はよく試合場で顔を合わせたりして情報交換したり、俺の柔道現役時代に仲良かった者同士が連絡を取り合って練習するんだけど、今回はこの後者にあたる話なんだけど、最近はよく現役時代に仲良かった1つ上の先輩、岡田弘隆先生が主宰する少年柔道クラブ「つくばユナイテッド柔道クラブ」に行ってるんだよね。先日もつくば市内に泊まって久々に遅くまで14〜15年振りにお酒を飲んだよ。
飲んでる席で、以前、TV番組で細井先生に「脳を診て貰いなさい!」って言われた話をした時、診て貰いたいのは山々なんだけど、MRI(レントゲンより精密に視察出来る機械)って〜ので診て貰わないと駄目で、俺はあの機械に通される(視察の際にとっても狭い穴に通され身動きできない状態にされる姿勢)時が耐えられないくらい嫌いで行ってないんだよね。
おまけに狭いところが大の苦手でさぁ〜、特にカプセルホテルとか絶対無理。1回泊まったことあんだけど、嫌でずーっと風呂場に居たよ(笑)。と、話が弾んでる時、横からその少年柔道クラブの現場を任されてる担当者、いわば現場監督で俺と同級にあたる宮崎淳って〜のがいるんだけど、こいつが手を握り締めて「同志!」みたいな感じで熱く握るんだよね。酒も入ってるからか、こんなたわいもない話になんだか穏やかじゃないくらい真剣な眼差しで見るんだよね。俺も以前、細木先生にホモ扱いされたけど、こいつこそは絶対にホモかも…って思ったよ(笑)
偶然、俺と同級生で普段から仲良く会話して、現役時代のたわいもない話、お互いの先輩達を話のネタにしては楽しんでる同級生で普段から冗談ばっかでとっても面白い奴なんだよね。

翌日、彼が俺に一冊の本を持って来た。「パニックマン」著者「高尾淳」。
内容は、自分がパニック障害であることを告白すると共に実際にそれを乗り越えた体験談、ノンフィクションの本なんだけど、読んでみると漫画っぽく面白おかしく描かれてあって同世代だからとっても共感出来る部分が多かった。
ただ、俺はただの閉鎖症でこの本を読む限りパニック障害ではないみたいだ。どうやら彼は俺がパニック障害だと思ってこの本を渡したみたい…。
おい! 宮崎の奴! 俺を勝手にパニック障害と認定したか!!と、チョットばかしムカついたけどこれはこれでこういうのもあるんだと言う事で勉強になった。同世代にこういう病気が多いって事は、今後、仕事を通じて人と会ったり、先輩達や後輩達とも会う機会が増えるので大いに役立つ。ただ、俺の話を聞いて何故にこの本を持って来たんだろう。
…と、その時は思ったが、そんな事はどうでもいいから本を頂いたお礼ぐらいは…と思っていたらすっかりお礼も忘れていた(笑)
あれから半月がくらいが経ち、昨夜に彼から電話が…
内容は12月に地元で少年の大会を主宰することになりそれに参加しないか?と言う参加要請だった。参加要請から再び話は脱線してバカ話になり、くだらない話にハナが咲きそんで最後に本を貰ったことに気が付きお礼を…
オー「そう言えば、この間頂いた本、読ませて貰ったよ。あれいいね〜。軽快なタッチ
で面白かったよ」
宮崎「あ〜、そう面白かった?」
オー「しかし、あの作家って中学柔道部監督の話だったけど、面白い奴だね。知ってる
後輩か先輩? 確かに障害は大変だけど克服の仕方は見事。本当は辛いけど
面白く書いてるよね」
宮崎「いや〜、実はあの本だけど、俺が書いたんだよね。高尾淳って俺のペンネーム
なんだよね」
オー「…」
宮崎「面白くて何よりだよ。では、また今度どこかの試合場でお会いしましょう!」
オー「あ〜、会場でな! あと、本ありがとね!」
…
…
あれ? でも全然気にしてないよ。でも、今度、会う時はこのネタに触れていいのやら困ったもんだな。彼曰く、闘病?生活には涙ぐましい努力もあったが、何よりも今は現場復帰して普通の生活を送っているが、過去にそんな事があったってことを感じさせないところがいいね。
この病気でお悩みの方、必見です。
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2009年9月2日(水) 会見後…(破壊王25周年興行?)
幾人かの記者が会見後に別件で俺を訪ねて来た。
一人は日刊で、世界柔道の男子の惨敗について一言って言われたんだけど、東京スポーツの解説員をやってるのでそちらを見てもらうのと俺のブログにも掲載してるから閲覧してくれと言っておいた。
それはさて置いて、問題はもう一人の記者からの質問であった。
記者「破壊王・橋本真也さんの25周年興行について一言」
オー「破壊王の25周年?」
記者「ご存じないんですか?」
オー「いったい誰がそんな名前を使った興行を?」
…と、不愉快な思いをしてその場を立ち去ったが、何故に破壊王の25周年が…
こういった事(利用価値…)を考えて商売をするとは…
余り多く論じたくはないが、正直、こういったことは何とかならんかな…
彼が亡くなった時、天涯孤独の身であった。その仏様の前で、彼にお金を貸した人がわんさか押し寄せ、その場には俺と当時のハッスルY氏&S氏以外、身内や関係者は誰一人としていなかった。言わばその場に出て来なかった。
私とY氏でやり取りし何とかその場をおさめた。ガウンや車、葬儀代までみんなでわんさか押し寄せ取り合ってた。
そんなやり取りの中、亡くなったばかりの彼の顔を見ながら、涙した事を昨日の様に思い出した。
あの時の事を思うと不愉快な思いをした。天涯孤独の身であるはずの彼に一体誰が?
どうにかならんかな…と、思うこの頃である。
2009年9月2日(水) 直訴…
今日、ホテルオークラで師匠がIGFの次回開催のカード発表をするとのことで行って来たよ。
直訴しようとしたら…、
オー「こんばんは!」
師匠「聞いてるよ!(オーが高山シングル戦熱望のこと)」
オー「えっ?」
師匠「高山とやらしてくれってんだろ! 俺にはスパイが一杯あちこちにいるからお前が
何をしてるのかもお見通しだよ! フフフ…」
オー「…」
師匠「ただな、相手が逃げたらさすがの俺でも無理だよ」
オー「(内心「出たー、今日はそっちかよ…」と思いながら)そこを何とか師匠の手で…
後は、師匠の手の平に乗っかっておきますんで…」
師匠「わかった!」
…と、記者連中の前での出来事で、俺としては久々の記者会見乱入となった訳だが、今日の師匠の変化球はビックリした! 俺は直球勝負で師匠に意気込んで直談判しようと思ったら先に「知ってるよ!」の先制パンチ! 正直今日の師匠はそっちか…と思ったよ。見事肩透かしが来た感じ。
弟子の澤田を従えての登場となったが、澤田が何か言いたそうな感じになってたんで、師匠の振りに…
師匠「おう! お前も何か言いたそうだな?」
澤田「あっ!(モジモジしながら)誰とでもいいのでやらして下さい(超カミカミで…)」
師匠「…」
オー「…」
と、師匠は澤田に何か言いたそうにその場を去ってしまった。
澤田「猪木さんの急な振りについていけませんでした…」
オー「アホ!」
IGF「バカ!」
…と、何しに来たのかと、そこは暗雲立ち込める嫌な空気が漂っていた。
澤田は以前にも前回の有明の前夜祭で師匠に「いけー!」と怒鳴られたりした。
澤田はこれで2連敗…
師匠が去った後に記者達にビッグマウスを出していたが、正直「時、既に遅し…」と言ったとこかな…(笑)
澤田ネタはこのへんにして俺のカードはどうなるのかな…
2009年8月31日(月) 夏が終わり…
今日で8月も終わり、子供達の学校も2学期?が始まった。実は、先週の水曜日から日曜日まで世界柔道選手権大会が開催されていたんだけど、俺は東京スポーツで解説していたんだよね。
東京スポーツで解説してもうかれこれ8〜9年近くなるけど、やっぱり熱くなってしまうよ。
記事の内容はさておいて、毎日がかなり憂鬱だったよ。TV放映が真夜中の0時半〜スタートだったんでそれを観てからこたえるから毎日が14時半くらいまで起きていた。お陰でか変な時差ボケを起こしていたよ(笑)
さて、肝心な柔道の方だけど、女子は素晴らしいの一言だね。選手達が自信に満ち溢れてて、その戦う姿勢は凄い。あの姿勢が自分達の頃とだぶったように思えてしまい懐かしくも思えてきた(泣)
一方の男子は…遂にと言うか来るべくして来たと言うか、金メダルゼロ…オリンピックや世界選手権通して始まって以来の不名誉な記録となってしまった。
女子は俺らの時代のような活気があったし、「代表になること=優勝」ってな、感じが漂っていたからね。俺の時はよくコーチ陣が「365歩のマーチ」を替え歌で♪〜一日1個2日2個〜♪って歌ってたくらいだもんね。それも少ないって意味でだったしね。
…と、あんまし俺の時って言うと、俺の時も俺の先輩にあたる先生方が言ってたが凄く嫌だった記憶を思い出したのであんまし言わないようにするけど、とにかく男子柔道はどうしちゃったんだろう?
俺の目には代表になった事で満足してしまったように思えた。本当は代表になってからが一番大変なんだけどね。選手全員に言えた事は、試合が大味になっていたね。足技から崩してという、日本本来の積み重ねの上に「一本」が取れるといった事が気薄に思えた。
反対に女子はしっかり組んで足技で崩して相手にペースを与えず、自分の柔道をコツコツと積み重ねる、日本本来の柔道をやっていたと思った。女子の勢いはこのままロンドン五輪までいけるだろう。男子は…
あの日の丸を胸に付け、普段どおりの柔道をどこまで失敗なく出来るかの大変さは理解出来るが、それをやってのける者こそが世界ナンバー1の称号を手に入れられるの。それには人並み以上の練習量が必要なのだが、これからその豊富な練習をこなせる若手選手は直ぐに現れるのだろうか?
北京五輪で優勝した石井慧はかなり練習していたが、俺の目にはあれが当たり前だと思っていたが、時代のヅレか慧の猛練習を見てやり過ぎと笑っている奴がいる位。当時、井上康生が「あいつの練習を笑う奴はあいつにやられる」と、ライバル関係だっただけに慧に対して危惧していた発言をしていたけど、俺はその時、康生はわかってる奴の一人だと思って、慧に「康生は特に警戒しろ!」とアドバイスをおくった程だったもんな。
まぁー、5日間をこんな感じで深夜遅く観ながら過ごしたんだけど、モヤモヤと気が晴れないのはやっぱり柔道が好きなんだな〜と思う今日この頃でした。
不定期更新なんでこのペースお許しください。 by オー
2009年8月16日(日) 9日「ゲノム9」は有難う!
IGF「ゲノム9」に御来場の皆様方!
応援どうも有難う!
第一声は「なかなか思うようにはいかなかった!」
が率直な感想だけど、余計に自分自身の闘志に火がついたよ!
間隔があく興行に自分の体調管理が試されるんだが、兎にも角にも今の時代、これだけお客さんを集めることが出来る師匠にはただただ頭が下がるばかりだよ。
正直言うと間隔があいては欲しくないけど、集客期間を考えると贅沢は言えない。
でも、デビュー当時から間隔が空くのはフリーの立場からして慣れっこだから問題はないけどね。
それと弟子の澤田だけど、今回はセミを任された訳だが、今回の試合を観た限りではいいファイターになってきたな。アメリカ遠征は無駄ではなかったね。ただ、向こうでジャンクフード生活が続いたのか身体が少しダブついてきたので注意かな。それ以外は問題ないね。このまま行けば看板選手にまで成長するだろうから更なる努力だね。まぁー、身体がいい目安だから、絞れたいい身体の時は是非応援して欲しいし、ダブついてきたらブーイングでもかまして欲しい(笑)
しかしながら、今回の「ゲノム9」では師匠の提案はビックリするばかり、ボブサップを新生ボブサップに再生するかのように色々と尽力されてるみたいだけど、こっちの立場からして色んな意味でたまらんな(笑)
(いいライバルが増えたって意味だよ!)
あんなこんなで遠回りか近道かはわからないけどIGFは確実に進んでいるよね。最初は何回かで終わると揶揄されてきたけどここまできたら文句は言わせないぞ!
その一員として更に頑張るから、引き続きIGFを応援してください!
それでは、次回の興行は今しばらくお待ちを(笑)
2009年6月29日(月) 祝賀会
 上村館長と・・・ |
今日は、明治大学柔道部主催の上村先生の「第5代講道館長及び全日本柔道連盟会長就任を祝う会」に行って来ました。
久々に先生に会って来ました。また、会場では学生時代に寮で寝食を共にした先輩達にも多数会いました。こういう事がないとなかなか会えませんね。
上村先生は大学時代、俺が主将を務めた時の監督であり、全柔連(ナショナルチーム)の強化選手時代ではヘッドコーチだった。
いわば、バリバリの師弟関係だったんだよね。ただ、俺が違う世界に行ってしまってからは柔道部での会にはなかなか顔を出せなかったりと疎遠になっていたけど、さすがにこのおめでたい席には・・・
でも、普段自分の練習では大学に通って後輩達と稽古しているから柔道会の近況は知っていたけどね。
とにかく今日はおめでたいね。「先生、本日はおめでとうございました!」
2009年6月21日(日) レスラーの事故死・・・
先日、三沢氏がリング上での事故で他界した。
プロレス界にとっては大きな痛手である。一般紙ではプロレスラーの事故死として取り上げられた。同業者としては非常に残念に思う。
ただ、あれだけの選手が受身を取り損ねての事故死・・・俺には考えられない。
自民党議員の馳氏が今回の事故を重く受け止めコミッショナー設立に動いているとの事だがどうだろうか?
最近、レスラーに事故が多いからと言う理由かららしいが、はたしてリング上での事故死は多いのか?(女子プロレスは抜きにして・・・)
俺の記憶では確か何年か前に新日本プロレスの若手レスラーが亡くなった事は覚えている。あの時は、原因はリング上での受身を取り損なっての事故だが、リングに上がる前の健康状態がよくなかったと聞いた記憶がある。
今回の場合はどうだろうか?
偶然にも春頃にケーブルテレビで三沢氏の団体のTVを観戦した。その時はたまたま、他チャンネル番組を見ようとシャッフルしてた時、放映されていたのを観戦した。
パッと見の感想は、「随分と体型が変わったな〜」。勿論、悪い意味での変化である。
皮肉にも、破壊王の亡くなる直前の事を思い出したほどである。
彼も団体を背負っていることから、レスラー以外の仕事が大変なんだろうと思った。
破壊王の時にそばで見てたからよくわかる。
ましてや今春に日テレとの契約も打切られた時だったから尚更だろう。
以前に彼とはタッグ戦で一度だけ対戦した事がある。今は亡き破壊王主宰の団体でのことだったが、彼が全日本プロレスを出て新しい団体を立ち上げたばかりの時だった。
その時はTV放映の契約もなく、これからと言う時期で非常に勢いがあったのを覚えている。自主興行でなく他団体にうって出て行っていた時だっただけに、その勢いは半端ではなかった。結果はその彼の勢いに押されて負けてしまったが、その事をつい先日のことの様に覚えている。
おっと、話が横道にそれてしまったので戻すことにするが、今回は「レスラーの死=リング上」と言う図式になってる。
打ちどころが悪かったから・・・俺はそれが原因だとは思えない。
それでは本場のアメリカではどうだろうか? ここ数年、トッププレスラーが何人か亡くなっているが、いずれも家族関係での自殺または原因不明(薬物?)での事故死が多く、リング上での事故死は聞いたことがない。
破壊王の時もリング上ではなく、体調からくるものだった。
俺が思うには、今回の場合は社長業しながら団体のメインをこなすのは大変な事だと思う。今初めて明かすけど、破壊王が社長業で大変な時はメインを代わっていた程だからね。彼自身、社長業の比重が多くなる一方、比例するかの様に怪我する事も多くなっていった。だって、トレーニング時間はなくなる一方だし、身体は正直だからね。
危険と隣り合わせの職業なだけに尚更だよね。
今、一つ言える事は、今回の対戦相手のことを思うともっとしっかりとした原因を明らかにして欲しい。なるべくしてなった事故だとか・・・(仮に自分がその立場だったらと思うと・・・)。皆様はどう思うのだろうか?
最後に・・・彼とはまた対戦したかっただけに非常に残念でしかたない。
2009年6月8日(月) 1級小型船舶操縦士
先日の試験結果が今日の13時半に発表となった。でも、実は先日の試験会場では答えあわせが出来るようになっていたから結果は知っていたんだけどね。
ただ、正式な発表があるまでは何が起こるかわからないからね。でも、最近はweb検索が出来るから便利になったもんだよ。だだ、受験場所が東京・横浜以外だから発表が今日になったんだけど、東京・横浜だと翌日発表・・・この差は何? 田舎は少し待った!ってことなのかな(笑)。まぁー、とにもかくにも合格出来たって訳だ。
ただ、正式に免許が届くのは手続きしてから2週間後。でも、この免許では大島まで運転出来るそうなんだけど、運転する機会ってあるのだろうか・・・
まぁー、一応「1級小型船舶操縦士」になれました。よかったよかった。って言うより踏み出した1歩・・・試験からの呪縛が取れたってことの喜びだね。
2009年6月3日(水) 小型船舶1級・・・
今日は、小型船舶1級の学科試験に行って来ました!
実は俺・・・何を隠そう、小型船舶2級の免許を持っていたんだよね。
さかのぼる事、平成6年に頑張って取得。
当時は4級だったかな。JETボート乗りたくて取ったんだよね。
でも、乗れずじまいで今日までペーパードライバー状態。
2回更新したんだけど、前回に講習受けたら2級に昇格していた(笑)
何か制度が変わったらしいんだけど、その経緯が全くわからなかったから言われるがまま手続きしたら昇格!
そして、今年の8月で3回目の更新を迎えようとしていたんだよね。
取得時から更新時まで毎回お世話になったボート教室に連絡を取ると、ちょうど今から案内を送るとこだと言われた。
そんで、更新に関する書類が送られて来たんだけど、その中に「1級にステップアップ」しませんか?な〜んて言うチラシが入っていたんだよね。
そのチラシ見て、どうせ講習受けに行くなら講習ついでにステップアップ受けてみようかな〜・・・
な〜んて思っちゃったんだよね。
しかも、「学科だけでOK! 実技免除!」。
ペーパードライバーの俺は何故かそのうたい文句に響いちゃったんだよね。
そんで、一応そのへんのとこを詳しく聞いてみた・・・
オー「先日、2級更新で頼んだ者ですが、1級のステップアップって難しいですか?」
教室「ええ、改正して学科だけでよくなりました。実技がない分、昔に比べかなり簡単になりましたが・・・」
オー「学科って難しいですか?」
教室「14問のテストがあり、10問以上正解でOKです」
オー「1日講習ってありますが・・・」
教室「海図があるのでそのやり方を勉強しなければならないのですが・・・」
オー「簡単ですか?」
教室「ええ、皆さん1日講習を受けて頂ければ95%以上の確率で受かりますが・・・」
オー「95%!・・・そうですか、検討します!」
と、電話を切り考えてしまった。
知り合いに船を所持している方はいるにはいるのだが・・・
ただ、14問の学科試験だけは惹かれる。4級の時は50問の学科に実技があって、その実技ではボート乗って右舷だぁ、左舷だぁ、前よし、後ろとしだぁ、ロープの結び方だぁ・・・かなりハードだった。
懐かしいな・・・
しかし、あのハードなことがなくて学科のみ・・・
それも14問の試験問題のみ・・・
1日の講習受けたら95%の合格率・・・
そう、俺のハートはこの段階で取得の方へ・・・
俺自身、必要ないかもしれないけど、せっかくの事だし(何がせっかく?)いっちょやったるか!
と、いう事でやることに・・・(ただの気まぐれだろ!)
今日からさかのぼる事、約2週間前・・・
1日講習を受けた。午前海図、午後も海図に機関もろもろ・・・
海図をやったが、これが結構難しい・・・
他は4級でやった事も含まれてるけど、何せ今から15年も前のこと!
車の免許と一緒で、標識だとか出航前の準備だとか、いちいち細かいとこまで覚えてなんかいないよね。
正直、講習受けた時点で「失敗した!」と思った。しかし、周りに言ってしまった以上、引くに引けない・・・
と、言う事で今日まで余り眠れない日を送っていました。
あっ! 試験が怖くてではなく、勉強してですよ!
正直、海図は時間かかる作業。
おまけに方位だ、重視線だ、コンパス方位だぁーで、頭がパニック!
よくよく、考えてみると、たった14問の試験だけど、これに関していえばされど14問!
でも、頑張りました! 結果はいかに・・・
来週に正式発表です。
でも、試験受けてよかった。久々の緊張感味わえた!
車の大型免許を受けた以来・・・
あっ! 実は俺、以前に大型免許を限定解除で取りに行っていたんだよね。この話はまた今度で・・・
あっ! 俺、決して資格マニアじゃないからね。
2009年5月30日(土) ETC・・・
今日は友人の結婚式に名古屋まで行って来た。
他の用事もあったから、急遽車で行くことにしたんだよね。
んで、早朝に東名厚木から入って名神名古屋で降りたら料金所で「割引\1,000-」の表示が!
一瞬えっ?って思ったんだけど、ETCでの休日利用「\1,000-乗り放題」があったことをすっかり忘れていたんだよね。そう、土曜日も入ってるんだよね。
いやぁー、ビックリ! ナビには\7,000-くらいかかると表示されていただけに・・・
皆さん! 利用しない手はないですぞ!
だって、今日に限って言えば往復\12,000-割引されたんだよね。
こりゃー、ゴールデンウィーク混んだ訳だよね。納得!
2009年5月15日(金) 講演

本日は神奈川県商工会議所青年部連合会の総会が茅ヶ崎で開催されたので、地元、茅ヶ崎の代表として講演をして来ました!
同世代150人を迎えての講演で、自分の走ってきた人生を振り返った話をしたんだけど、いつも思うことは、本当に躓き(つまづき)だらけの人生だった(笑)と思う。
その話をそれぞれがどう思うかはその人の人生観なんだけど、出席者の殆どは若くして経営者になっている皆さん・・・
共感してもらった部分や話していて時代背景が一緒だから通じ合うのは話しやすいよね。
若い子に説明しながらやることが多い中、久々にスムーズな流れだったな。
今日は楽しいひと時を共有出来た有意義な日だった。
茅ヶ崎商工会議所青年部の皆様! お世話になりました!
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2009年4月29日(水・祝) 火渡り・・・

今日は、宝生寺「火渡り祭り」道場生を引き連れて参加して来ました。
4月29日と言えば毎年「全日本柔道選手権」が行われる日で、今でもこの時期になると昔を思い出すなぁ。TV観戦していたけど雰囲気は昔と変わらないね。
感想は、やはりこの大会を制すには豊富な練習量がないと取れないよな・・・と実感。
と、全日本の観戦記ではないのでこのへんで・・・
そう、今日は予てからお世話になっている宝生寺に行って参りました。
節分行事・火渡り行事とか最近はこういった行事をやる場所が減ったよな。子供達にはこういう文化もあると教える目的と大人になっても心に残る目的で行くんだけどね。
俺も前厄だしいい厄払いが出来たらいいね。火渡りの時、大僧正には「ゆっくりと踏み締める様に歩け!」と一杯一杯の俺の心を悟ったかの様に言うもんで、ヤバばれてた?って感じで結構テンぱったけど(笑)
ゆっくり踏むことで厄払いになるそうです。
俺の実家的な存在だけど住職の村田大僧正にはいつまでも元気でいて欲しいね。
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2009年4月1日(水) 道場開設丸3周年・・・

門下生一同より ・・・有難う!(泣)
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今日は、道場開設3周年です!
門下生ももう直ぐ100人!までと柔道好きな人が順調に増えています。
当道場の主旨通り、大人の方が一つのライフサークルとして楽しんで、子供は柔道を通してこれからの人生を歩く上での人格形成にと通って来てくれています。
最近は、当道場の大人のクラス及び強化クラスが充実してきました。
特に大人のクラスは30人以上在籍しており、チョットした大学でのサークル活動のような感じで人数的には大学の柔道部クラス(実力は別として)!
中にはうちの少年達を色々と稽古通じて可愛がってくれる大人の門下生も増えている。
また、小学生の強化クラスはメキメキと力がついて来たのと、柔道雑誌「近代柔道」で今月号に掲載中の「道場訪問」のコーナーでも話した事なんだけど、少しずつだけど「華のある柔道スタイル」の片鱗を身につけて来ている子が増えて来たよ。
それに、開設当初は強化クラスを勧誘するのが超大変だったけど、ここに来て強化クラスに入るありきで当道場の門をたたく子供達(ご父兄達)が増えて来た(嬉)。
当初、俺の目指した道場像10ヵ年計画がいい意味で前倒しになってきたかな・・・(喜)
強化クラスにおいての目的は、柔道が強くなるためだけではなく、これからの人生を生き抜く上での競争力を養う目的も入っているからね。
何せ現在の小学校教育がおかしくなってきているし、先生像もおかしくなってきている。やっぱり、ここは初心に返る意味でも「私塾」や「寺小屋」みたいなものは必要だと思っている。
今、俺が道場に力を注げるのも、門下生とのキャッチボールが上手く出来ているからだと思う。
やっぱり、お互いがやりがいを見出しながら歩んでいかないとね。
最近、「華のある選手(人間)」とは・・・
と、よく聞かれるんだけど、この部分は説明しても理解してもらえない部分だから簡単にするけど、凄い技を持っているとかではなく、その人間がどこまで輝けるか・・・で、この部分はやっぱり柔道を好きになりそれにまい進している姿勢から出て来るオーラと言うのかな・・・
ここからの部分は企業秘密な部分だから言えないんだけど、とにかくどうしたら「華のある選手」になれるかは現在当道場の子供達が知らずに(ある意味の英才教育的な)教えられているから今後を楽しみにして見ててください。(論より証拠・・・)
あっ! 当道場ご父兄様が見たら、「うちの子供も絶対に・・・」と思われると語弊があっても困るので、当道場門下生全員が必ずなれると言うのではなく、やっぱりちゃんとそれなりの努力は必要なんですけどね(笑)。
繰り返しますが、超!努力すればですよ!!(笑)
さぁー、4周年がいい年になるように俺は頑張る・・・いや、ハッスルするぞー!
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2009年3月31日(火) マイバースデー!
 エバーグリーンホーム社長 有難うございます
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おっ! 澤田・・・いや、 海外にいる慧からだ! 有難う! ・・・弟子の澤田からは・・・(怒)
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今日は目出度く?41回目の誕生日を迎えることが出来ました。
アラフォーも終盤となり(泣)、人生の三分の二をクリアしました(笑)。
この頃、この年齢になるとあと何年元気で生きていけるのかな?と、思うようになってきるんだよね。
だだ、未だ若い奴には負けないといつも気を張ってはいるんだけどね。
やっぱ、体力には限りがあるけど、気力は無限だから・・・
これからは、(いままでも)好きなことを全う出来る人生目指して頑張って生きます!
0歳→15歳までは好きなスポーツしながらノホホンとした子供の時期を過ごし。
15歳→28歳までは柔道に身を捧げながら高校生・大学生・社会人として過ごし。
28歳→41歳までは脱サラしてプロレスの世界に入り現在に至る。
・・・と、まぁー、ここ3年は柔道場を開設してそっちにも勢力注いではいるんだけど、何せ身体は1つだから大変だよ。
15歳から今までは急いで駆け抜けてきた感があるけど、これからもこんな感じで生きて行くのかな・・・と思いながら過ごしているんだよね。
ただ、偶然なのか必然なのか今までの人生の中でいい人達に巡り合えたのは本当に俺って運のいい幸せな奴なんだなと思う。
人は支え合って生きていく・・・本当にその通りだとこの歳になるとよ〜くわかってくるよ。
お陰で今まで好きなことをやって来れて、これからも好きなことをやっていけるって幸せに思わないといけないとも思った。
今は、柔道とプロレスの後進の指導に勢力を注いでいるけど、やっぱりこれって俺の務めなのかな・・・と勝手に思ってやっている(笑)
この年になると、いいのか悪いのかガツガツしなくなってくるんだよね。
「なるようになるさ・・・」いい意味でも悪い意味でも、要は酸いも甘いも知ってしまった。
と、言った方がいいのかね。そんな41歳の人間になっています。
これからは「こんな人生もあり?」とか、人から「いい人生を送っていますね!」とか言われる人間目指して頑張っていきます。
さぁー、今年も1年頑張るぞ!
余談・・・最後にいつだったか、年配の知人からこんなことを言われたことがあります。
人間歳を取ってくると動かない物が好きになってくるんだよね。
そう、若い頃はバイクや車。そしてスポーツと自分の身体まで動くんだけど・・・
歳を重ねると動かない物が好きになってくるんだよね。
バイク・車→船・ヘリ・飛行機(余裕がある年配の方だから俺はバイク・車まで)
そして上記の趣味が好きな人は車収集に走り、飾って見て喜び、絵画や盆栽と・・・
そう言えば、最近俺の車の走行距離が伸びていない(泣)
何故か台数増えてるし・・・維持費幾らだ?(考えたら気分悪くなるから考えないけど・・・)
でも止められない・・・趣味だし・・・
昔は夜通しドライブ出来たけど、最近は行こう行こうと思っても睡魔が勝る。
ん〜、動かない?・・・何とかしないと・・・と、毎日自分と勝負している(笑)
敵は己自身ってことか・・・
さぁー、心当たりがある皆さんも動かないものが好きになるのは老化が進んでいる証拠なので要注意ですぞ。
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2009年3月16日(月) 原爆資料館
今日は、昨日の理由から広島STAYとなってしまった。
朝方、WBCを観戦したらいつの間にか寝てしまった(笑)。
時間も時間なんでホテルの隣にある原爆資料館に行くことにした。
今回で2回目となるけど、やっぱり戦争の惨さを感じさせられる。
正直、行かなければよかったのと行ってよかったが半分半分だった。
だって見るに見かねるシーンが多過ぎる。考えさせられる1日だった。
ただ普段、道場で子供達を教育している身としては、是が非でも連れて行きたい場所だと思った。
俺も戦争を知らない世代だけど、俺の小学校時代の担任が幸か不幸か戦争経験者の先生だった。その先生には生きることの大事さや食についての大切さを学んだ。
学校給食を残さずに食べること等、当たり前の事を丁寧に戦時中を引き合いにして教えてくれたもんだよ。
受け持つ子供を自分の子供のように接して、学校教育の原点みたいな先生だったね。
ビンタや鉄拳・廊下に水の入ったバケツ持たされて立たされたことなんかもあったしね。今じゃ考えられないよな!(笑)
余談だけど、みんなの残った分を俺に任してくれたり(それだけじゃないけど・・・)と、特に目をかけてくれてたよ。今でもその先生のことは好きだよ!
元気にしてるかな・・・ご健在なら嬉しいんだが・・・
俺の道場での先生のスタイルはこれに近いもんがあるし、ある意味のベースにもなっている。
かなり話は収拾が付かなくなってしまったけど、有意義な1日だったね。
今回の遠征で思ったことはずばり
「広島ありがとう!」
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2009年3月15日(日) IGF
先ずは、IGFゲノム8に御来場&PPVご観覧の皆様!
熱い応援有難う!
試合内容は、高山にいいようにやられて散々だったけどね。
でも、次はそうはいかないよ!
まぁー、弟子の澤田がいい仕事してくれて、今回は行って来いかな・・・
タッグって本当に息が合わないと難しいよ。うん。こんな時っていつも橋本がいてくれたらな・・・と、つい愚痴っちゃうけどね(悲)。
弟子の澤田だけど、よく身体を絞ったな。かなり努力したと思うよ。
試合にもその背景が気迫となって出ていたよ。プロとして一歩進んだかな。
まぁー、あいつの悪い癖(天狗?)が出ずに更にプロのオーラに磨きをかけて欲しいね。新人賞にふさわしい内容だったよ。うん。
まぁー、あちは先日ゲットしたパジェロでも乗って気分転換図って次に備えてくれ!
おっと、こんなに褒めると鼻が伸びるので澤田についての小話はここまで!
話を戻して、当初は俺のカードがセミだったから東京行き新幹線最終に間に合うと思って、翌日は朝からゆっくりとオフに・・・としていたんだが、急遽メインになってしまった。
おい! IGF何考えてんだ?
だって、最初はメインだと思っていたのにセミにされていて正直腹が立った。だけど、俺もアラフォーなもんで、一息入れて考えることが出来る人間になり、アラフォーなりに気持ちを治めて今日に至った・・・
それがメインに変更とは・・・
現場を仕切ってるのは宮戸らしいけど、今度とっちめてやらないといかんね。
もう、アラフォー止め!(笑)
だって前回のゲノム7名古屋を仕切ることになって、お手並み拝見と出場見合わせて黙って観戦に徹していたけど正直酷い内容だった。試合後に師匠がPPVのインタビューに受け応えしていた表情が物語っていた。
俺は俺で開幕戦から引っ張って来た自負があったから尚更。
まぁー、今回で思い知ってくれればいいんだけどね。たぶん理解示さないだろうけど・・・
まぁー、とにもかくにも俺の場合は、師匠の興行となれば恥をかかせられないしね。
今回は、師匠があの状況下で締めてくれたから言う事ないよ!
おっと、その前にあのモンターニャの野郎・・・
負けたくせして最後までチョロチョロと俺と高山の邪魔をしやがって許せない!
早く引っ込めと思っていたけど、最後まで邪魔された(泣)
モンターニャのバカ野郎! 空気読め!
それと、話は変わるけど、乱闘が長引いたのか、いや、セミからメインへ変更があったから、当日帰りの予定が帰れなくなった・・・
そうもう一泊することになった。どうしてくれるんだ? おい!

よーし、こうなりゃー昨夜行けなかった地元一押しのお好み焼きに行くっきゃねぇー!
と気を取り直して勝手に昨夜のリベンジをしにいそいそと夜の街へとくり出したよ(笑)
またもや問題発生!
日曜日の閉店時間が早い・・・(汗)&(泣)
しかし、ここは強行突入じゃー!(何故か広島弁?)と暖簾を下ろしかけにチョット!待った!と、低身低頭にお願いして開けてもらったよ(笑)
感想は・・・
やっぱり美味い!
広島に残ってよかったかな。と思えるほど美味しかった。
満腹になったところで、弟子の澤田がそわそわしだし、闇の中へ消えて行った(笑)。
俺は、師匠に挨拶しにと、打ち上げ場所の「アントニオ猪木酒場」へ直行!
あいにく師匠が他の場所へ行ってしまった後の到着だった。
しかし、今日観に来てくれたファンが店内に一杯いてビックリしたよ!
本当に今日試合してよかったと思った瞬間でもあったし、本当に温かく出迎えられたのには感謝感謝だね。
中には東京から応援しに来たファンも居たしね。
師匠恐るべし・・・
そうだ最後に!
今日は会場の控え室と打ち上げの個室では師匠と一緒にラップを歌ってる「トリプルP」とずーっと一緒だった!
兄弟バンドなんだね。兄弟だって初めて知った(笑)。
姉と弟のコンビで弟は平成生まれだってよ!
おい! 平成生まれが来たかー!って感じだったよ。弟には沖縄に来たら蛸狩りに行こうと誘われた! もちろん「OK!」と即答。
姉ちゃんには名刺貰って、沖縄に来たときは連絡ください!と言われ、本当にしていいのかー!って嬉しくなっちゃったけどね(笑)。
でも、沖縄行くときってあるのかな・・・ガク
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2009年3月14日(土) 広島着いたよ!

夜に着いたよ!
久々の広島入り。前回は確かZERO−ONEだったね。
飛行場が遠いから移動は新幹線を利用。
品川→広島の所要時間は約4時間。
かなり早くなったね! 俺の記憶では4時間と言えば姫路位だったのに新幹線も進化してるんだね!(俺が古いのか?)
夜は楽しみにしていたお好み焼きを食いに出かけたけど、地元の人に人気な店は、既にクローズ・・・
でも他の店でも美味しかったから、尚更食いたくなった。
悲しい・・・
さぁー、明日は久々に暴れるかな(笑)
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2009年3月7日(土) 新潟
今日は子供の柔道引率で新潟だよ。
車で・・・
久々に新潟駅周辺に行ったんだよ。
そう言えば、6年〜7年前・・・
よく、ZERO−ONE興行で新潟県体育館で試合したよな。
あれ? ここ・・・
今日の宿泊場所は体育館の近くだよ!
21時5分前ぐらいに興行が終了。最終が21時20分くらいだったかな。
体育館でタクシー待たせて、体育館の裏口から駅までタクシー飛ばして5〜6分。
急いで新幹線のチケット購入して、ホームに待つ出発間近の東京行き最終新幹線乗るのに、頑張って駅構内を突っ走ったよな。
懐かしい・・・
よく橋本に「俺と一緒に新潟に泊まっていけよ!」って誘われたのを思い出したよ。
泊まったら朝まで飲食(焼肉→クラブ→クラブ→クラブ→ラーメン)が待ってると思うと更にスパートしたな(笑)。
毎回、奇跡の如く乗れたけど、逆に車内販売では弁当がなく2時間半を空腹で我慢して東京まで・・・
だから、いつも「残るも地獄、帰るも地獄」な〜んて言って楽しんでいたよ!
懐かしい・・・
な〜んて思い出にふけっちゃったよ!
今から風呂でも入るか。
2009年3月3日(火) ひな祭り
今日はひな祭りだね。
別にどうこうって言う訳でもないんだけど、昨日の「フレンドパーク」の反響が・・・
あちこちから連絡がかかってくるよ(笑)。
でも、必ず言う言葉は「あ〜、俺じゃなく弟子が車をね・・・」
皆、俺が取ったと思っている。くれぐれも澤田がゲットしたんでそこんとこ宜しくお願いしますよ(笑)。
俺はいい人でした(笑)。
2009年3月2日(月) フレンドパーク
オンエアーがあるまでは日記にかけないから辛かった。
TV番組「フレンドパーク」をご覧になった方々はもうご存知だと思うけど、そう、弟子の澤田がなんと車(パジェロ)をゲット!したんだよね。
最初は、あいつが当てたときは俺も喜んだよ! だって、俺の記憶ではゲスト皆だったからね。
喜びもつかの間、「当てた人のみ!」と知ってテンション下がった。
(番組関係者に聞いたところ5年前ぐらいから当てた人のみになったそうなんだよね)
おまけに俺は澤田が希望する冷蔵庫まで当ててしまった(泣)。
またしても前回に続き俺の希望する「ワンちゃんセット」を逃してしまった。
それにしてもあいつは恐ろしく強運の持ち主だな。運で人生切り開いている感じがするよ(笑)。
それにしても一夜にしてマイカーゲットとは人生わからないものだな。
それにしても、あいつ過去に俺の新車を乗り回し、オカマ掘られてボロボロにした事があったんだけど、その車と取り替える気は全くないね。今のとこ・・・
そうそう、一つ気になった事が・・・
慧は柔道以外のセンスってないな。
本人曰く、最後の「ハイパーホッケーだっけ?」なんか、今までやったことがないそうだ。
あと、ダーツも! 本当に柔道しかやってなかったんだな(笑)。
そんなら最初から俺に言っておけよ!
まぁー、言ったとこでどうこうなる訳ではないんだけどね(笑)。
それにしても、今回は疲れたよ。
こっちは指が痛いのに・・・
2009年2月7日(土) 体験入門・・・
この時期、道場の体験入門を申し込む子供が多いよね。
特に幼児で今春から小学生になる子が多いよね。
最近、強化クラスがあるからと入門希望をする者が増えて来た。
やっぱり・・・、「そうこなくっちゃ!」と思って喜んでいる俺でした。
これからは自己責任の時代だし、やっぱり勝ち負けで言っちゃうと一つ秀でたものを持っていないと勝ち抜けないと思う。
どんな世界に行っても行き着くところ最後は気持ちの強い弱いが命運をわけるからね。
とにかく、その強い心を育てているけど、色んなタイプの子がいるから面白いね。
さぁー、指の脱臼でここ数日気が滅入っていたけど、体験希望者が多いと張り切ってしまうよ。指の痛みさよなら!
・・・と、思っても痛いもんは・・・
痛い・・・
2009年2月6日(金) 運転・・・
今日は、我が愛車の整備(タイヤ交換)を出しに工場まで持って行ったんだけど、車がMT車のため大変だった。
愛車ぐらいは自分でやらないとね・・・
道中運転大変。
そう、先日の中指脱臼が治ってないもんで・・・
運転中に気が付いたこと。
結構、中指って使うんだね。
あと、指が腫れて曲がらないから、1速・3速・5速に入れる時に指がセンターコンソール?に当たって痛かった。(泣)
仕方ないから2速・4速・6速しか使えなかった。(笑)
なんとか、頑張って工場にたどり着く・・・
んで、整備の作業中、暇だから写メ撮ったりしてた!(笑)
オー! 携帯のデータから過去、試合中(大晦日の吉田戦)に起きた骨折の写真も出て来た!
この際、初公開しちゃおう!
これが今回出て来た足の写真。
う〜ん・・・
どちらにしても腫れるんだね。腫れ具合は、「脱臼=骨折」。
・・・ん? 整備センターの社長が来た!
おっ!修理が終わったか?やけに早いな・・・
何! サイズが合わない? サイズ違い?
ガーン!
もう一度やり直し(出直し)になった。
・・・
あの道中の苦労が・・・
痛み倍増。
帰りの道中はむなしく帰宅・・・
駐車場に入れたら燃料ランプが点いた・・・
あっ! 途中に入れてくりゃーよかった。
ガーン・・・
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2009年2月4日(水) 澤田・・・
今日は、名古屋で親交のあるT会長との会食。
久しぶりで、前回は慧を紹介した時だった。今回は彼は忙しいので無理だったけどT会長は残念がってたね。
急遽、澤田を抜擢し同行したが、酒入ったか、久々の酒で回ったか、語る語る。
その年で語るなよ!って位、語っていた。
無礼講を20回は優に超していたね。俺が若かったらあいつ路上で倒れていたかも(笑)
それと、あいつのせいで朝方になってしまった。
俺は指痛いっつーのに・・・
そういやぁー、あいつの身体・・・
かなりよくなってきたみたいだ。来月の15日、IGF広島大会は期待してもよいかもね。
2009年2月3日(火) 節分・・・
毎年恒例の豆まき。俺は今年で20回目の参加。
この20年欠かさず出来たのは、大僧正の変わらぬご支援のお陰だね。感謝感謝。
昨年、慧を紹介して今年も参加していたけど、ここんとこ彼と音信普通だったが、久々に会ったよ。
まぁー、今となってはお互いの環境が去年と違うからね。
色々と言いたい事はあったけど、もう彼と同業だから・・・
まぁー、これも人生。
いい勉強させてもらったよ。
2009年2月2日(月) 脱臼その後・・・
今日で1週間経過。進展なし。
2009年1月31日(土) 遠征
今日は、茨城県の鹿島まで少年柔道の遠征。アントラーズのスタジアムの横にあるスポーツ施設。しかし、建物や施設は立派だな。ウエイトの器具も揃ってる。
道中、物凄い土砂降り。運転してて緊張するなんて久しぶりだね。
おまけに強風で、小便ちびるかと思うくらいの風が容赦なく車を襲うもんで泣き入ったよ。
TV点けて、ニュース見たら、「東京地方、観測史上初の降水雨量を記録!」
やっぱり・・・
2009年1月28日(水) 薬が切れると痛い・・・
脱臼・・・チャチャチャ♪
そんな事、言ってる場合か?
2009年1月27日(火) 脱臼その後・・・
朝起きると、指が倍になってる! パンパンで曲がらない。
余りにも疼くから鎮静剤飲んだよ。
しかし、怪我っつーのは、嫌なもんだよ。
あー! イライラしちゃうよ。
2009年1月26日(月) 脱臼
左手中指の第二間接が完全脱臼してしまった・・・(汗)
しかし、綺麗に入ると痛くなくはないけど、骨折ほど痛くないね。
外れた瞬間、感覚がなくなって外れてるってわかったもんね。
その場にいた偉い後輩に指引っ張れと言って入れさせたもんね。
しかし、素人ながら上手く入れたもんだ。感謝せねば。
2009年1月13日(火) 寒中水泳・・・
今日は、東スポの取材を受けた。
今年の・・・と、言うより弟子の澤田がメインだった。
俺の駆け出しの頃みたいに色々とやらせた。
まぁー、明日の紙面が楽しみだね。
澤田がやっている(やらしている)のを見て昔を思い出したよ。
俺も色々やったからな・・・
まぁー、とにかく楽しみだね。
2009年1月12日(月) しゃぶしゃぶ・・・・
今日は昨日の公約どおり祝勝会をやった。
でも、やっぱこういうのは何度もやりたいよね。
腹一杯。
しかし、子供達の食いっぷりにはビックリ。
それを見てつられても食えずにニコニコして見入ってしまう俺って・・・
年かな・・・(悲)
でもよっぽど、ここに来たかったんだね。あんなに頑張ってくれるなら何度でも来たいよ。
おっと、稼がねばね(笑)。
2009年1月11日(日) 大会
幼年個人と1・2年生チームが優勝した。
いやぁー、感動した。朝からなもんでとにかく疲れてたけど吹っ飛んだ!
しかし、子供達は元気だ。
優勝チームの子供達は試合後、俺に向かって一言、
「よし! 先生! 今から肉食いに行くぞ!」と、勝手に盛り上がっていた。
は? 俺、そんな約束したっけ?と思ったが、異常な盛り上がりに負けた。
でも、さすがに東京に戻れるのは遅い時間だから今日は無理と言ったが、そんなのは受け入れて貰えるわけがない。
と、言うより理解して貰えない。「じゃー、仕切りなおして明日!」
と、その場を収めた。
でもそのままで終わる子供達では終わらなかった。子供達で勝手に「焼肉orしゃぶしゃぶ」投票を決め始めた!
「焼肉2票対しゃぶしゃぶ4票」でしゃぶしゃぶに決定した。「じゃー、先生! しゃぶしゃぶで!」と言われた。
なんか凄い事になってる。頼もしい・・・と、最初はこの子達を見ていたが、投票やる姿をみてたら、何か違うぞ、こいつ等・・・一言、頭のネジ飛んでる!とこれ以上、考えるのは止めた(笑)。
ご父兄達には明日は、「カクカクシカジカそういうことなんで預かります」
と、言ったが、
ご父兄一同「宜しくお願い致します」
ハハハ・・・
これ以上、書くのは限界だ(泣)。
2009年1月10日(土) いわき
今日は小川道場の遠征での引率だよ。
早起きして行くんだけど、マジ寒い。本当に寒い。
車がエンジン・車内がなかなか温まらない。
フロントガラスが外気との温度差で曇る。
運転し辛い。
とりあえず、現地着。
外に出た瞬間。
ワァーオ!
顔の皮膚が痛い! 出発時より更に寒さ増してる?
風も強いから体感温度は・・・死ぬくらい寒い。
体育館に駆け込んだ・・・
館内は、一応?暖房があるんだけど効いてないみたいだよ(笑)
だけど、外にいるより全然まし。でも寒い(笑)
あっ! こんな事言ったら主催者に怒られるね(笑)
最後に子供達には明日の試合、頑張って欲しい。
俺はこれからホテル行って早く寝るか・・・いや、夜の懇親会・・・たぶんあると思う。
2009年1月5日(月) 仕事始め・・・
世間は仕事始め。俺は昨日から小川道場をオープンしたけど・・・
今年の目標を掲げようと色々と模索した。本当は昨年から考えて元旦に目標を立てなければと思っていたんだが、旅行最中は色々と考えたくないから帰ってからと思っていた。
いつもの様に朝刊を眺めた。目に留まった記事が・・・
朝日新聞(朝刊紙)のP31で掲載されていた「働くの何のため?」って見出しに目を留めた。
小6男子の投稿で、「18歳でロック歌手になりたい。売れたら35歳で引退して、あとは寝て暮らす。売れなかったらスーパーで働く」
それを読んで考えさせられた。正直、どういう教育受けて来たんだろうと思った。これが今のゆとり教育の成れの果てか?
でも、凄い人生プランを考えたもんだ。本当に小6の投稿だろうか? まぁー、それは置いといて、これに関して俺からの角度で言わせて貰えば、売れなかったらスーパーで働く。これはスーパーで働いている人に失礼極まりない。スーパーで働くと言うより、スーパーでのパートで働くと言う事だろう。
若しくは、実家が自営でスーパーを経営しているかだけど、そんな事はどうでもいいんだが、とにかく失礼に尽きる。最初の売れたらでは、ロック歌手はあくまでも寝て暮らす人生を目指すためであり、別にロック歌手でも何でも寝て暮らせる分だけ儲けれるもんなら何でもいいんだろう。
「ロック歌手=儲かる」まぁー、こんな考えでは後者になるのは目に見えているんだが、「働くの何のため?」に関しては、考えさせられる部分で、俺も40代スタートしたばかりだけど、正直人生では折り返し地点、考えている内に自分の人生に置き換えると色々な出来事が走馬灯の様に駆け巡った。
・・・走馬灯・回想シーン・・・
世間は今、100年に一度の世界的大不況と言われている。同年代はこの不況で雇用を打ち切られた輩もいるみたいだが大丈夫なのか? この先どうしていくんだろう。
俺はこの10年間、プロレス界&総合格闘技界バブルの真っ只中に生きて来たからわかるけど、いい時は本当にいいし、悪い時は本当に悪い。簡単に言えば、いい時もありゃー悪い時もある。
確か80年後半の日本のバブル期も凄かった・・・
俺は学生時代真っ只中だったんで羨ましく見てただけだけど、あの時は凄かったな・・・(笑)
「明日の日本を背負っていくのは俺だ!」
人生の成功者かの様にお札を頭の回りに巻きながら、札束を胸に何冊も入れて、お姉ちゃん何人も従えて豪遊していた大人を何人か目にした・・・
俺も早く大人(社会人)になってビッグになりたいなと思ったもんね。あっ! 小6と変わんねえゃ(笑)
そうそう、終電終わるとタクシーも早朝まで乗れない(捕まらない)から朝まで飲んだ事もあった。
その後、バブルは弾けた。銭形平次の様に札束をばら撒いて、「明日の日本を背負っていくのは俺しかいない!」と力説していた方々は一瞬にして消えてしまった。バブル崩壊、不景気が始まった。
いい思いも出来ずに煽りを食った感じだが、何か腑に落ちない感はあったが、幸いにか俺は柔道に没頭していたから余り気にならなかった・・・
20代後半に入り仕事(サラリーマン生活)とオリンピック金メダルを目指す柔道競技者との両立は困難だと仕事を取り柔道を辞めた。世間を見渡すといつの間にか好景気になっていた。
仕事をして間もなくこれが本当に自分がやりたい事か?と考えた。
後の師匠アントニオ猪木と会い、師匠の言葉が妙にはまりプロレス界に興味を持った。余り考えもせずに即決! 転向した。転向してみるとプロレス界も好景気状態になっていた。転向した年は年6回のドーム興行が控えていて、ドームは毎回満員御礼で「大入り袋」が支給された。一方その頃、日本にも総合格闘技が産声をあげた。未だ、当時の総合格闘技のファイトマネーでは飯が食えない(生活できない)即ちプロではない時代だった。プロレスこそがプロとして胸を張って飯が食えた時代だった。
その後、プロレス界が好景気に胡坐をかいている間、総合格闘技界がプロレス界を追い付き追い越せと努力した結果、総合格闘技が好況になり総合格闘技でも飯が食える時代になってきた。
俺はプロレスの世界に入った時、師匠から総合格闘技はプロレスの一部と言われて育って来たし、自分でもそう自負してやって来た。区分けされてしまった時代だから、その流れで言わせてもらうけど、両方の世界を行ったり来たりして来た。プロとして自分を高く評価して貰える所を渡り歩いた。
銭ゲバと言われたこともあったけど・・・(笑)
・・・走馬灯・回想シーン終了・・・
そう、冒頭の「働くの何のため?」だが、極論から言えば答えは「自分のため」だろう。全ては自分のためにやる。それが結果的には全てだと思う。
師匠が口にする「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」は師匠が人生通して見て来た答えだろう。やはり、何事にもチャレンジするする精神は大事だし、それをやるには・・・と、準備(勉強)も必要だ。逃げてばかりいても必ず追い詰められるだけだし、何事にも真っ向勝負が必要不可欠になってくる。
これは人との勝負ではなく、日常生活における自分との気持ちの勝負でもある。
だからいつまでも好きな事をしながら続けられる生活を出来るかは、その仕事をいかに人より優れるまでやり抜く(努力)かだろう。
やり抜けば「働くの何のため?」と言う考えは浮いて来ないと思う。
これからを目指す若い輩には、何事に於いても自分のためにと、人より優れる様に努力して欲しいと思う。
まぁー、いいかと妥協すれば妥協した部分で終わるし、人がここまでならここまででよいか等、人に流されれば人に流される人生で終わる。
あれこれ長文になったけど、俺の今年の目標は「好きなことをやる!」これに限るね。
うん。
もちろん、本職である「プロレス」もやりたいし、3年前に創設した小川道場で「柔道を教えたい」もある。
どこまで続けられるかは、気持ち次第だな。
俺の座右の銘の一つ「体力は有限。気力は無限」
俺の母校である明治大学の当時の岡野学長から卒業時に頂いた言葉でもある。正に体育会で育った者には何事にも勝る言葉である。これを胸に「好きなことをやり続けたい!」
いや、「好きなことをやり抜きたい!」
2009年1月3日(土) 帰国・・・
あっ!と言う間だったけど、年末年始を海外で過ごすとなんか正月を迎えたと言う気分がしないな。(笑)
カウントダウンも聞かずに寝て過ごし、起きたら初日の出がかなり上がっていた。(笑)
う〜ん。特別感を感じず・・・
い〜のかな・・・と思いつつ明日から小川道場の稽古始だ!
2009年1月2日(金) 遭遇・・・
年末年始は海外で越したけど、旅先で意外な方に遭遇。
数年来、お付き合いのある某大手雑誌社の編集長と偶然遭遇!
滞在先のホテルラウンジにてお茶していると斜め隣の席にその編集長が座った。
一発でわかるその特徴あるシルエット。
まさか・・・!
こんな場所で遭うとはビックリした。
向こうもビックリしていた。(笑)
つい先日まで忘年会をやろうと日程を調整していたが合わずに断念し、新年会にと変更したばかり。その新年会も時間調整に手間取っていたのだが・・・
旅先で忘年会&新年会が出来るとは・・・
かなり話出来てよかった。偶然とはあるもんなんだな。
雑誌社もかなり広告収入が減って大変みたいだけど編集長なら打開出来るだろう。
いやぁー、この出会いは必然だったのかも・・・
2009年1月1日(木) Happy New Year
皆さん! あけましておめでとうございます!
今年もよい年でありますように!
年末が慌しく、気が付けば当HPも開設してから10年目を迎えたよ。
これも皆のお陰だね。
感謝感謝。
世の中は不況の嵐だけどハッスルして乗り切って行こうぜ!
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